大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和50年(ネ)141号 判決 1976年8月23日

控訴人

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

成田信子

外七名

控訴人

高島勇

被控訴人

大室庄三

外二名

右被控訴人ら三名訴訟代理人弁護士

竹原五郎三

主文

一  控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。

二  但し、被控訴人らの当審における各請求の一部減縮により、原判決主文一項は、左のとおり変更になつた。

被告高島勇は、原告大室庄三に対し金三五〇万七〇〇〇円及び内金三二五万七〇〇〇円につき昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告大室孝志に対し金三二五万七〇〇〇円及び内金三〇〇万七〇〇〇円につき昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告大室さゆりに対し金三二五万七〇〇〇円及び内金三〇〇万七〇〇〇円につき昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

被告国は、原告大室庄三に対し金三五〇万七〇〇〇円及び内金三二五万七〇〇〇円につき昭和四九年五月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告大室孝志に対し金三二五万七〇〇〇円及び内金三〇〇万七〇〇〇につき昭和四九年五月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告大室さゆりに対し金三二五万七〇〇〇円及び内金三〇〇万七〇〇〇円につき昭和四九年五月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

三  控訴費用は、控訴人らの平等負担とする。

事実

一、控訴人国は、「原判決中、控訴人国の敗訴の部分を取消す。被控訴人らの控訴人国に対する各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、控訴人高島勇は、「原判決中、控訴人高島勇の敗訴の部分の取消す。被控訴人らの控訴人高島勇に対する各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文第一項同旨及び控訴費用は控訴人らの負担とする旨の判決を求めた。

二、(一) 当事者双方の事実上及び法律上の主張は、左記(二)の当審での新らたな主張のほかは、原判決書三枚目裏一行目ないし同一五枚目裏九行目に、当事者主張として摘示されているところ(但し、原判決書九枚目裏三行目から九行目までを、「4結論 よつて、原告らは各自、被告ら各自に対し、それぞれ次のとおり請求する。(一)原告大室庄三 被告高島勇は、右原告の前示損害金合計金四三八万一六二二円及びこの内、前記3の(二)の(2)の右原告の弁護士費用の損害金三九万八三二九円を除いた残余の損害金三九八万三二九三円につき昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払え。被告国は、右同損害金四三八万一六二二円及びこの内、右同損害金三九八万三二九三円につき昭和四九年五月一日から完済に至るまで右同年五分の割合による遅延損害金を支払え。(二)原告大室孝志 被告高島勇は、右原告の前示損害金合計金四一〇万六六二二円及びこの内、前記3の(二)の(2)の右原告の弁護士費用の損害金三七万三三二九円を除いた残余の損害金三七三万三二九三円につき昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払え。被告国は右同損害金四一〇万六六二二円及びこの内、右同損害金三七三万三二九三円につき昭和四九年五月一日から完済に至るまで右同年五分の割合による遅延損害金を支払え。(三)原告大室さゆり 原告高島勇は、右原告の前示損害金合計金四一〇万六六二二円及びこの内、前記3の(二)の(2)の右原告の弁護士費用の損害金三七万三三二九円を除いた残余の損害金三七三万三二九三円につき昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払え。被告国は右同損害金四一〇万六六二二円及びこの内、右同損害金三七三万三二九三円につき昭和四九年五月一日から完済に至るまで右同年五分の割合による遅延損害金を支払え。」と改める。)と同一であるからこれを引用する。

(二) 当審での新らたな主張

1  被控訴人らは、請求の原因の補充として、左記(1)ないし(3)のとおり述べ、控訴人国の後記抗弁に対し、左記(4)のとおり述べた。

(1)  被控訴人ら主張の本件落雪事故があつた控訴人高島勇所有占有の建物(以下「本件建物」という。)には次のような雪止が設置されていた。即ち右建物の軒先から1.1メートル位上部に直径約八センチメートル、長さ2.7メートルと2.75メートルの両面を平に挽いた二本の各丸太を直径三ミリメートルの鉄線二本で結んで、棟木に平行に屋根の両側に振り分け、棟木に打込んだ五寸釘に鉄線を二、三度巻きつけ、固定していた。そして、昭和四八年一〇月上旬に右控訴人は、右建物の屋根の古いトタン葺の上に一枚の巾三三センチメートルのカラー長尺鉄板を葺いたが、その際右雪止を固定するため棟木に打込んだ右釘を抜き、新しい鉄板を葺き、元通りの五寸釘を打ち込んだ。ところが、昭和四八年一二月二一日午前八時五分頃右雪止の鉄線四本のうち三本が切れたため、右屋根の積雪が右雪止の丸太もろとも落下して、本件事故が発生したのである。

(2)  大室和子は、右屋根の軒先の真下ではなく、歩車道にまたがつていた雪堤の壁に沿い、頭部を東方(車道方向)に向け、左足の膝を曲げ、右足は伸した状態で身体を海老のように曲げ、胸の附近に頭をおいてうつ伏せのような状態で被控訴人大室さゆりを両手でかばうような恰好で雪の中に埋没されていた。当時、大室和子は、落雪に気付き車道側に逃げようとしたが、雪堤の壁に阻まれて逃げきれず、更に落雪が右雪堤の壁のため拡散せず、そのために多量の雪に挾撃されて、埋没させられて死亡するに至つたのである。

(3)  道路法に定められている道路の管理は、道路管理者が一般交通の用に供するための公の施設としての道路本来の機能を発揮させるためにする一切の作用を指すと解され、道路の形体を整え、これを良好な状態に維持管理するとともに、一般交通の用に供するという道路の目的に対する障害を防止し、除去し、その他種々の規制をすることは右管理の内容をなすものである。そして、右のような道路管理者の道路管理権は、管理者が道路の区域と決定した部分及び同区域の地上、地下にわたり、道路の管理保全上必要な範囲に及ぶことは当然であるが、右以外にも道路の交通に及ぼすべき危険を防止するため、道路に接続する地域に及ぶものである。即ち、道路の機能を確保するためには、道路自体を保全するだけでは足りず、沿道から道路に及ぼす障害を防止する必要があるので、道路管理者は、道路に接続する区域を条例又は政令で定める基準により「沿道区域」として指定でき、この区域内の工作物の管理者に対し、損害又は危険を防止するために施設を設け、その他必要な措置を講ずるべく命令できるし(道路法四四条)、また道路の機能維持のために必要があるときは他人の土地に立ち入り調査等をすることもできる(同法六六条)。これらのことは、本件のような国道に接続する民家にも、また民家の管理者に対しても道路管理者は右管理権を及ぼし得ることを意味するものである。その他道路管理者は道路通行者に危険を及ぼす場合、道路の通行を禁止又は制限することができる(道路法四六条)。そうだとすれば、本件事故現場のある一般国道四〇号線(以下「本件国道」という。)の管理者である控訴人国は、その管理義務を全うするため、右の権能を行使して、沿道家屋の屋根からの落雪により右道路の交通に危険を及ぼすと認められる場合は、その家の所有者ないし占有者らに雪下ろしを求めたり、具体的状況により危険箇所の道路部分を完全に除雪したり、あるいは歩道上の歩行できる部分を落雪の危険ある建物の軒下から離して車道寄りに設けたり等して歩行者の通行の安全をはかる措置をとり得たものというべきである。しかるに、控訴人国は、本件道路の沿道の建物からの落雪を予測しての前叙のような特別な措置を全くとらなかつたものであるから本件道路の管理に瑕疵があつたというべきである。

(4)  控訴人国は、本件道路管理者として、本件事故発生につき、具体的な予見可能性がなかつたと主張するが、雪国では冬期間に落雪事故の起こることは過去に多くの例があり、殊に本件事故のあつた冬期間は早期多雪型の気象であり、例年以上に、雪が多かつたのであるから、一般的に見て、落雪の危険が予想されたものであり、本件道路管理者として危険防止義務ある控訴人国としては、本件建物のようにカラー長尺鉄板を施してあつて、雪止に、より多くの負担重量のかかる沿道建物の屋根から落雪の危険があることは、充分予測することができたものである。

2  控訴人国は、被控訴人らの前記1の(1)ないし(3)の主張に対し、左記(1)ないし(3)のとおり述べ、新らたな抗弁として、左記(4)のとおり述べた。

(1)  前記1の(1)のうち、雪止の鉄線四本のうち三本が切れたことは不知、その余の事実は認める。

(2)前記1の(2)のうち大室和子の身体が雪堤の壁に沿つていたこと、同女が落雪に気付き車道側に逃げようとしたが雪堤の壁に阻まれて逃げきれず、更に落雪が右雪堤の壁のため拡散せず、そのため多量の雪に挾撃されて埋没させられたことは否認し、その余の事実は認める。被控訴人らは、大室和子が落雪に気付き車道側へ逃げようとしたが、積雪の壁に阻まれて逃げ切れず落雪に埋没し死亡するに至つた旨主張するが、右主張は科学的根拠のない単なる推測にすぎない。即ち、本件事故の状況からして、大室和子が落雪に気付いてから落雪の直撃を受けるまでの所要時間は、おおよそ1.1ないし1.5秒と計算されるのに対し、同女が落雪の音に気付き音のする方向(音が同女へ到達する時間は0.008秒であるので、これは無視することとする。)へ振り向いて危険を察知し逃げるため体を動かすまでの所要時間は1.5秒を上廻るものであると推測される。ところで、人間の反射時間は、最も注意力を集中した状態で0.4ないし0.5秒と云われているが、これは必要な訓練を受けた自動車運転者の緊張状態におけるブレーキ操作の実験結果であるから、本件の如く主婦である大室和子が子供の被控訴人大室さゆりの手を引いて歩行中の反応時間は右の数値を相当程度上廻るものと推測されるのである。従つて、本件の場合、大室和子は落雪に気付きこれから逃ようとするいとまもなく、落雪の直撃を受けてその下敷となつたものと考えるべきである。

(3)  本件事故の原因は、沿道民家よりの落雪に因るものであつて、道路自体の瑕疵に因るものでなければ、その管理の瑕疵に因るものでもない。仮りに、道路管理者の管理義務が道路を越えて、これの通行に直接危険を及ぼす可能性のある地域にまで及ぶものと解しても不合理でない場合があるとしても、沿道民家の如く、その工作物の安全性の保持について全責任を負うべき者が存する場合には、該工作物の安全性に対する配慮は専ら右工作物の管理権者に委ねられ、これを超えて道路管理者が右工作物に対する安全性の配慮を義務付けられているものではない。このことは法令上も明らかにされている。即ち、本件事故発生地である士別市は北海道規則建築基準法施行細則第一七条により、建築基準法施行令第八六条第二項但し書にいう多雪区域に指定されており、多雪区域においては、北海道建築基準法施行条例第一三条により、屋根上に、雪すべり、氷の落下を防止するため有効な措置を講ずべきことを義務付けられている。これは、多雪地域では、冬期の交通の安全確保については、住民の協力が不可欠であるため、家屋の占有者又は所有者に対し特に義務を課したものであつて、ひいては、民家の屋根よりの落雪に因る危険の防止は、専らこれを所有又は占有する者に責任を課したことの法令上の根拠ともいいうるのである。そしてこの義務を課された者がこれを怠つた結果、国道上に該家屋の屋根から落雪が生じても、これに対し道路管理者が責任を負ういわれはないのである。

(4)  本件事故は、沿道民家の屋根に積つた雪を支える雪止の丸太を支えている鉄線が脆弱であつたために生じたものであるが、仮に、道路管理者に沿道の民家の屋根よりの落雪を防止すべき注意義務があつたとしても、本件の如き事故については道路管理者に具体的な予見可能性がない。

道路管理者としては、沿道民家の屋根に、一応雪止め施設が設置してあるならば、これからの落雪については、具体的な予見可能性がないといえる。勿論、雪止め施設があつたとしても、これの安全性はその強度如何にかかわることではあるが、この安全性如何は、一々該雪止め施設を詳細に調査してみてはじめて明確に判断しうることである。しかしながら道路管理者としては、この安全性如何については一々詳細な調査検討を加えるべき義務を負うものではなく、該施設が外観上明らかな欠陥が認められない限り、これからの落雪については予見可能性がないと言いうるのである。よつて控訴人国は、本件事故発生について免責されるべきである。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一本件事故の発生について

訴外亡大室和子(昭和九年一〇月二三日生、以下「亡和子」という)が、被控訴人大室さゆり(昭和四四年一一月二六日生、以下「被控訴人さゆり」という)を連れて昭和四八年一二月二一日午前八時五分頃、士別市大通西一丁目七一七番地の一七高島理髪店前の一般国道四〇号線(以下「本件国道」という)の歩道上を歩行していたところ、本件国道に接して、これに棟が平行して建てられた同理髪店の建物即ち切妻造の木造長尺トタン葺平家建の店舗兼居宅(床面積49.58平方メートル、以下、これを「本件建物」という)の屋根から、右屋根の積雪が同人らの頭上に落下したこと(以下、これを「本件落雪」という)、亡和子は右同日午前一一時二〇分頃、雪中で既に窒息死した状態で発見されたこと、なお、被控訴人さゆりは無傷であつたこと、以上の事実は、被控訴人らと控訴人高島勇との間では、争いがなく、被控訴人らと控訴人国との間においても、右事実中、右落雪のあつた時刻並びに亡和子の死因及びその発見された時刻の点を除いては争いがなく、右落雪のあつた時刻が右のとおりであることは、成立に争いのない甲第一〇号証の記載と原審証人西崎優美の証言によつて認められ、亡和子の死因及びその発見された時刻が右のとおりであることは、成立に争いのない甲第六、第九号証の各記載によつて認められる。

二そこで先ず、本件事故で亡和子が死亡したことにつき、控訴人らが責任を負うべきか否かを判断するについての基礎となる事実関係について検討してみる。

(一)  〈証拠〉によれば、本件建物は、中二階造りであつて、棟の長さは、6.51メートル、本件国道側(東側)屋根の棟から軒先までの長さは5.7メートル、棟から地表までは6.25メートル、軒から地表までは3.5メートルあり、本件国道側(東側)屋根の勾配は約二八度であるが、本件事故発生当時、右の屋根には、傾斜に沿つて幅三三センチメートルの長尺鉄板が片側で二八、九枚張られており、その上には、長さ約2.7メートル、両面を平らに挽いた、末口約八センチメートルの二本の丸太を、棟に打ち込んだいわゆる五寸釘に巻き付けて固定したうえ、これを東西両側の屋根に振り分けた直径三ミリメートルの鉄線各二本で懸吊した二個の雪止が棟から屋根の傾斜に沿つて約4.6メートル下つた位置に、ほぼ南北方向に一直線に並ぶようにして設置されていたこと(右雪止が設置されていたことは、当事者間に争いがない)が認められる。

(二)  〈証拠〉によれば、士別市内をほぼ南北方向に通ずる本件国道の本件建物付近は、車輛の通行も人の通行も、昼夜をわかたずに多いところであるが、その車道幅は片側6.5メートル、両側の歩道幅3.4メートルの舗装道路であつて、西側歩道の外側には、更に幅員1.01メートルの道路敷が設けられていること、本件建物の東側土台の線は右道路敷境界線よりも三一センチメートル右道路敷内にはみ出しており、また本件建物の本件国道側の軒先は本件建物の東側外壁よりも三八センチメートルだけ東方に突き出ているので、結局本件建物の本件国道側軒先の先端(雨樋の設置はない)は、前記道路敷境界線よりも六九センチメートルも右道路敷内にはみ出しており、本件建物の本件国道側(東側)屋根から落下する雨や雪等はすべて右道路敷ないし前記歩道上に落下するようになっていること、本件建物の前には横断歩道が設けられていたことがそれぞれ認められる。

(三)  〈証拠〉によると、士別地方では昭和四八年一二月に、月初めから、一二月としては例年にないような多量の雪が降り、同月二〇日には士別市の積雪量が一一八センチメートルを記録するほどであつたことが認められるが、〈証拠〉を総合すると、本件事故発生の当時、本件建物前の本件国道には、車道面にも歩道面にも積雪があつたが、本件建物の車道と歩道の間には歩車道の境に沿つて路面からの高さ約二メートル弱、後述の右歩道上の積雪上歩行路の路面を基準面として基底の幅員約4.8メートル、頂部の幅員約1.7メートルの雪堤ができており、右雪堤のうち、頂部幅員の大半を含む幅員約二メートルの部分は、前記歩道上を占めていたこと、従つて本件建物の東側土台の線から右雪堤までは約二メートルしかなく、前記歩道敷の西端から右雪堤までは約1.4メートルしかなかつたが、そこには地面まで約五〇センチメートルの深さの積雪があり、右積雪上の右雪堤寄りの部分に幅員約八〇センチメートル位の踏み固められた歩行路があり、右歩行路は、恰も本件建物と右雪堤とに挾まれた谷間の底にある小径のようになつていたこと、右雪堤のうち、本件建物の出入口(本件建物の前記歩道西側の道路敷に面する部分の内の南側に在る)の前にあたる部分は、右積雪上歩行路から車道の横断歩道に出入できるようにするため幅約一メートル程に亘つて若干低くはなつてはいたが、右積雪上歩行路から右雪堤を登降せずに横断歩道に出入できるようにするための雪割通路は設けられていなかつたことがそれぞれ認められる。前示甲第七号証の添付図面の記載中には、右認定と若干相違するところがあるが、右図面は、本件事故発生後に落雪の除雪をした後の状況を記載したものと認められるので、右認定の妨げとはならない。〈証拠〉によると、雪堤の大きさ及び位置が右認定と若干相違しているが、〈証拠〉によれば本件事故発生後、同年一二月二五日までに本件建物付近の雪堤の雪の一部が他所に運搬排雪されたことが認められるので、〈証拠〉も前認定の妨げになるものではない。

(四)  〈証拠〉によれば、本件建物の屋根には、本件事故発生の日の数日前頃から、軒先付近で深さ一メートル近い積雪があり、これが歩道上に落下しはしないかと付近の住民が危険を感じていたことが認められるが、〈証拠〉によれば、控訴人高島は訴外伊東昭男に依頼して、本件事故発生の日の三日前である昭和四八年一二月一八日本件建物の本件国道側(東側)屋根の積雪中前記雪止よりも下の部分に在つたものだけを下ろしてもらつたこと、それで本件落雪の直前において、本件建物の本件国道側(東側)屋根のうち、前記雪止よりも下の部分には大した積雪はなかったが、前記雪止よりも上の方には右雪止付近で約一メートル、その上方に行くに従つて少くなり、棟から一メートル位下の部分で約五〇センチメートルの深さの積雪があつたことが認められる(これによれば、右東側屋根の上の積雪量は、少くとも一七立方メートルはあつたものと推認される。3.6×(1+0.5)÷2×6.5≒17.55(m3))。ところで、〈証拠〉によれば、本件落雪は本件建物の本件道路側(東側)屋根の前記雪止の丸太を懸吊していた前記鉄線四本共積雪による荷重に耐えかねて、棟の固定点と前記雪止丸太の中間でちぎれて切断し、そのため本件国道側(東側)屋根に残存していた積雪の殆んど大部分が前記雪止の丸太もろともに数秒間のうちに三回に亘つて轟音を立てて落下したものであること、そしてこれによる落雪の一部は、直接、本件建物の前記積雪上歩行路上又はその付近に落下したが、その余のものの大半も、前記雪堤の西側の壁の斜面に落下したうえ、前記雪堤と本件建物とに挾まれた前記の谷間状の空間に雪崩れ落ち、これに因つて右谷間状空間の殆んど大部分が一挙に埋め尽くされ、本件建物前歩道は完全に遮断されてしまつたことが認められる。

(五)  〈証拠〉によれば、亡和子は、被控訴人さゆりを連れて北から南に向つて本件建物前歩道上の、前記積雪上歩行路を通行していたときに本件落雪にみまわれたものと認められるのであるが、〈証拠〉を総合すると、本件落雪のあつた後の午前九時半頃、控訴人高島の娘知佐子が本件建物前を塞いでしまつた落雪を一応排除したがそのときは亡和子らは発見されるに至らず、亡和子は、その後、控訴人高島方の依頼によつて本件建物前の雪を本格的に排除して本件建物前歩道上の積雪上歩行路の復旧作業をしていた訴外伊東昭男によつて、本件落雪後三時間以上も経つてから、遺体となつて、控訴人さゆりと共に雪の中に埋つているところを発見されたものであること、右伊東によつて発見されたとき、亡和子の遺体は、前記横断歩道に出入するために、前記雪堤の低くなつている箇所の北端から約2.7メートル北方の位置に、前記雪堤の西側壁面の付根に接して、左足を曲げて膝を立て、頭を車道の方に向け、身体を海老のように曲げ、両手で被控訴人さゆりをかばうような格好をして右足は伸ばした状態で横たわつており、被控訴人さゆりは亡和子の胸の付近に頭を置いてうつぶせのような状態で下になつていたことが認められる。

三控訴人高島の責任の有無について判断する。

(一)  本件事故発生の当時、控訴人高島が本件建物を占有していたことは、当事者間に争いがない。

(二)1  前認定の事実によれば、亡和子の死亡は、本件建物の屋根の積雪が落下したことに因るものであることは明らかである。

控訴人高島は、亡和子の死亡は、落雪そのものに因るものではなく、前判示のような雪堤があつたために亡和子が避難できなかつたことや早期に救助されることができなかつたことに因るものであると主張するが、本件落雪がなかつたとすれば、亡和子の死亡という本件事故があり得なかつたことは明白であるから、前判示の雪堤の存在したことが亡和子の死亡原因として本件落雪と競合していたか否かを問うまでもなく、同控訴人の右主張は失当といわなければならない。

而して前認定の事実によれば、本件落雪は、本件建物の屋根に設置されていた前判示の雪止を懸吊していた鉄線が積雪による荷重に耐えられずに切断したことに因るものであることは明らかであるから、結局、亡和子の死亡は右雪止の鉄線が切断したことに因るものということができる。

2  ところで〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人高島が本件建物の屋根に前判示の雪止を設置したのは、本件事故発生の三、四年前であつたこと、控訴人高島は、昭和四八年一〇月上旬頃、本件建物の屋根の古いトタン葺の上に前判示のカラー長尺鉄板を葺いたが、その際、棟木に打ち込んであつた五寸釘を打ち替えて元のままの雪止を設置しておいたこと(この点は当事者間に争いがない)、本件事故発生当時右雪止の丸太を懸吊する前示鉄線はいずれも赤く錆びついていたことが認められる。〈証拠〉中には、右雪止を設置したのは昭和四七年の春か秋だつた旨の部分があるが、これは〈証拠〉に照らし措信し得ない。

而して前段認定の事実と前判示の前記雪止の鉄線が切断した態様から推すと、本件事故発生の当時前記雪止の鉄線の張力は、かなり弱化していて、そのため前示の積雪による荷重に耐え切れずに切断したものと認めざるを得ない。

控訴人高島は、本件建物の屋根に設置されていた前記雪止は、士別地方で用いられている雪止としては通常のものであつて、本件事故発生当時も通常の落雪防止機能を有していた旨主張する。しかしながら士別市における一一八センチメートルという積雪量は、一二月二〇日頃現在のそれとしては、例年にない程に多いものであるとしても、冬期間全体を通して見れば、それは決して異常に多い積雪量などと言えないことは〈証拠〉に徴して明白であるし、また〈証拠〉によれば、士別地方では、本件落雪のあつた昭和四八年一二月二一日の朝、それまで何日か続いていた寒気が弛み、これが本件落雪の一因であつたことが窺われるけれども、冬期間に何日間か続いた寒気が急に弛むという気象現象はさほどに稀なものではなく、そのような場合に屋根の積雪が落ち易い状態になることは降雪地では公知の事実である。右のとおりとすると、本件事故発生の当時、士別地方に、同地方で用いられている通常の雪止であつて通常の落雪防止機能を有するものによつては屋根の積雪の落下を防止し得ない程に異常に多量な積雪があり、異常な気象現象が現われたものとみることは到底できない。それゆえ控訴人高島の前記主張は採用できない。

3  本件建物の屋根に設置されていた前記雪止の設備は、民法第七一七条第一項にいう「土地ノ工作物」にあたるものというべきところ、上叙判示したところによれば本件落雪は、右「土地ノ工作物」としての前記雪止設備の保存の瑕疵に因るものということができる。たとえ前判示の気象現象が本件落雪の一因であつたとしても、右の判断が左右されるものではないし、また、たとえ控訴人高島が右瑕疵に気付いていなかつたとしても同様である。そうだとすると、結局において、亡和子の死亡は、右「土地ノ工作物」としての前記雪止設備の保存の瑕疵に因つたものといわざるを得ない。

(三)  控訴人高島は、本件事故は、異常多量の降雪と異常暖気によつて生じた天災に類するものであつて、人為を尽して心避けることのできなかつたものであるから、不可抗力によるものというべきであると主張する。本件事故発生当時の積雪量及び気象現象については前説示のとおりであるが、それらは高々本件落雪の一因たるに止まるものであることも亦前説示したところによつて明らかであるから、同控訴人の右主張は採用できない。

(四)  以上のとおりであるから、控訴人高島は、本件事故によつて亡和子が死亡したことに因つて生じた損害につき、民法第七一七条第一項本文の規定により賠償の責に任ずるべきである。

四次に、控訴人国の責任の有無について判断する。

(一)  本件国道即ち一般国道四〇号線が、控訴人国の管理する道路であることは、当事者間に争いがない。従つて本件国道が国家賠償法第二条第一項にいう「公の営造物」にあたることは明らかである。而して本件国道の管理は、本来は、道路法第一三条第一項、昭和三三年政令第一六四号により、建設大臣の行うべきものであるが、〈証拠〉と弁論の全趣旨によれば、本件国道の管理の中には、積雪寒冷特別地域における道路交通の確保に関する特別措置法(昭和三一年法律第七二号)第四条の規定に基づく、昭和四八年度以降の道路交通確保五箇年計画に基づく積雪期の除雪、防雪又は凍雪害の防止に係る事業の実施を含むものであること及び本件事故発生の当時、建設大臣は道路法第九七条の二、同法施行令第三九条の規定に基づき、本件国道の管理権限のうち、右除雪等に係る事業の実施を含む一定の管理権限を北海道開発局長に委任していたものであることが認められ、本件事故発生当時、北海道開発局の下部組織である旭川開発建設部士別出張所(以下、開発士別出張所という)が、控訴人国の機関として、本件国道のうち、本件事故現場付近を含む一定図域の除雪等を担当していたものであることは、当事者間に争いがない。

(二)  亡和子の死亡が本件建物屋根から前判示の本件落雪に因つたものであることは既に述べたとおりであるが、それが同時に、本件建物前の本件国道の歩道上に前判示の雪堤が存在したことにも因つたものか否かについて考察する。

1  前認定したところによれば、本件事故発生の当時、本件建物の本件国道の西側の幅員3.4メートル幅の歩道のうち、東側約二メートル幅の部分は、前記雪堤が存在したため、歩道としての用を全くなしておらず、右西側歩道のうち西側約1.4メートル幅の部分の積雪上前記雪堤寄りに約八〇センチメートル幅の歩行路があり、右積雪上歩行路は本件建物の軒下と間近のため、本件建物屋根から万一落雪があつたときは、右歩行路上にそれが落下し、通行人に危害を及ぼす虞のある危険な状態に在つたものと認められるのであるが、若し前記雪堤がなかつたとすれば、前記歩道上の積雪上歩行路は、当然に危険な本件建物軒下に近いところを避けて、もつと車道寄りの安全な場所にできることになつたものと考えられる。そして右のような安全な場所に積雪上歩行路ができていたとすれば、たとえ本件建物の屋根から本件落雪のような落雪が不意にあつたとしても、亡和子のような通行人が死亡するような事故にはならなかつたものと思われる。それゆえ右のような意味において前記雪堤の存在は、亡和子の死亡と因果関係があつたものといわなければならない。

2  前認定の事実殊に亡和子の遺体が発見された位置及びそれが発見されたときの格好から推察すると、亡和子は本件落雪に気付いたとき、突嗟に、被控訴人さゆりをかばつて車道の方に逃げようとしたが、頭上からの落雪の直撃と前記雪堤のため逃げることができず、前記雪堤の壁の付根に身体を海老のように曲げてうずくまるようにして倒れてしまつたものと認められ、その直後、前記雪堤のため拡散することなく、前記雪堤と本件建物とに挾まれた谷間状の空間を、前判示のようにして一挙に埋め尽してしまつた多量の落雪の下敷となり、そのため、発見され、救出されるのが遅れて、死亡したものと認められる。〈証拠〉は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるので真正の公文書と推定できるが、右書証の記載によるも前段の認定を動かすことはできない。他に前段の認定の妨げとなる証拠はない。

而して右の事実によれば、仮りに前記雪堤がなかつたとした場合、前記積雪上歩行路を通行していた亡和子が本件落雪から逃れおおせることができたか否かは、にわかに断じ難いところであるが、たとえそれができなかつたとしても、その場合、落雪は前後方向に拡散したものと考えられるから、亡和子と控訴人さゆりが遭難の痕跡を全く留めない程に雪中に埋め尽されてしまうことはなかつたものと考えられる。仮りに埋め尽されたとしても、前記雪堤がなかつたとすれば、その遭難は、近くに居た人の目にとまつたものと考えられる。従つてその場合、他人によつて早期に発見され救出されることができたものと思われる。現に、〈証拠〉によれば、本件事故当日、午前八時頃から登校する学童の通学指導に当つていた交通指導員西崎優美は、本件建物の前記横断歩道の東端付近の雪堤の低くなつたところに立つて西方を向いて、即ち本件建物の方を向いて右横断歩道を渡つて来ようとする学童の交通指導に当つていたとき、本件落雪を目撃したが、本件建物の前の前記雲堤のため視界を遮え切られて、亡和子(前示甲第六号証の記載によるとその身長は一四五センチメートル)らが本件建物前歩道の前記積雪上歩行路を通行しているのを全く気付かなかつたことが認められるのであつて、若し右雪堤がなかつたか或いはそれがもつと低くかつたとすれば、右西崎は亡和子らの遭難に気付いたであろうと考えられるし、そうすれば速やかな救助行動がとられ、亡和子は死亡を免れたであろうと考えられる。

それゆえ前記雪堤の存在は、落雪の拡散を妨げ、且つ本件事故現場に対する本件国道又はその付近の他の場所からの視界を遮断し、そのため亡和子らが本件事故に遇つたのを人に発見され、救出されるのを困難ならしめたという意味において、亡和子の死亡と因果関係があつたものといわざるを得ない。

3  以上のとおりであつて、前記雪堤の存在したことは、亡和子の死亡と相当因果関係があつたものというべきである。

(三)1  国家賠償法第二条一項にいう、公の営造物としての道路の設置又は管理の瑕疵とは、右道路がその設置上又はその管理上、道路として通常有すべき安全性を欠くことをいうものであつて、右道路の管理者が道路として通常有すべき安全性を確保するためになすべき処置を怠つているために右道路が右安全性を欠く状態に在るときは、右道路の管理に瑕疵があるものというべきである。

2  ところで、本件国道の管理者たる控訴人国は、本件国道を常時良好な状態に保つように維持し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努める責務を有するものであり(道路法第四二条一項)、前述の昭和四八年度以降の道路交通確保五箇年計画に基づく積雪期における本件道路の除雪等事業も、当然に本件国道管理者としての控訴人国の右に述べた責務遂行の一環として実施されるべきものと解されるのであるが、〈証拠〉によれば、前記の道路交通確保五箇年計画には、これに基づいて実施する除雪等事業の内容、程度等についての具体的な基準は定められていないことが認められる。しかし控訴人国としては、前述の責務の趣旨に鑑み、その遂行に遺漏なきを期するため、交通量その他の交通状況や積雪量だけではなく、沿道に存在する建物その他の状況をも考慮に入れて、本件国道上のそれぞれの場所の具体的な状況に応じて、適時に適切な除排雪等を実施しなければならなかつたものというべきであるから、本件建物のように、その屋根の積雪が落下するときは本件国道の歩道に落下してしまうような構造の建物(以下、かかる構造の建物を便宜上「落雪要注意建物」という)が本件国道中の人通りの多いところに面している場合は、積雪期に右のような建物前の歩道を通る通行人の安全を確保するために万一の場合に備えて特別の配慮をすべきは当然であり(なお、本件建物のようにその一部が本件国道にはみ出しているものについては、抜本的対策として、該建物所有者にはみ出し部分を収去させることが問題であるが、この点は、ここでは措くことにする。)、従つてたとえ右のような建物の屋根に雪止設備がしてあつても、それが当該地方で通常予想できる限りでの最も多量の積雪となつても、落雪を防止するに足りるものであることが確かでない限りは、右のような建物前歩道の除排雪等については、特別に配慮し、右のような建物の屋根に多量の積雪があるときは、該建物前の歩道上には、雪堤を存在させないようにし、やむを得ずに雪堤を存在させざるを得ない場合であつても、それをできるだけ小さな低いものとしておくように努め、もつて右歩道上の、落雪要注意建物の軒下からできるだけ離れた安全な場所に歩行路を確保することができるようにすると共に、通行人が万一落雪に遭遇しても無事に逃避できるように、また万一落雪に埋もれても、他人に容易に発見され救助されることができるようにしておくべきものといわなければならない。而して本件事故発生の当時、本件建物の屋根に設置されていた前判示の雪止が、既にその張力が弱化して瑕疵のあるもとなつていたことは既に説示したとおりであり、また右雪止が士別地方で通常予想できる限りでの最も多量の積雪となつても、落雪を防止するに足りるものか否かが控訴人国にとつて確かでなかつたことは、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によつて明らかである。

以上のとおりとすると、本件事故発生当時において、控訴人国は、本件建物の屋根から万一にも落雪があつた場合、本件国道の歩道の通行人が不慮の事故に遭わないようにするため、前判示のような処置をとるべき義務があつたものといわなければならない。控訴人国は、本件国道の沿道の民家である本件建物の屋根からの落雪を防止すべき義務は控訴人国にはなかつたとか或いは、沿道民家の如くその工作物の安全性の保持について全責任を負うべき者が存する場合には、該工作物の安全性に対する配慮は専ら該工作物の管理権者に委ねられるのであるから、控訴人国は、本件建物に対する安全性の配慮を義務付けられていなかつたとか主張するが、仮に右主張自体は誤りではないとしても、本件建物の屋根から万一落雪があつた場合に通行人が不慮の事故に遭わないようにすべき注意義務が控訴人国になかつたことになるものではない。なお、建築基準法施行細則(昭和四八年北海道規則第九号)第一七条によれば、士別市は建築基準法施行令第八六条第二項但し書にいう多雪区域に指定されており、北海道建築基準法施行条例第一三条によれば、多雪区域内においては、道路境界線又は隣地境界線に近接していて、氷雪の落下による危害を生ずるおそれのある建築物の屋根には、屋根面に雪止を設け、かつ、屋根又は天井を第一一条第一号に定める構造とする等、雪すべり及び氷の落下を防止するため有効な措置を講じなければならない旨規定されているが、これによつて右の判断は毫も左右されるものではない。

3  しかるに、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、開発士別出張所は、例年どおり、昭和四八年一〇月下旬頃、その上部機関である旭川開発建設部と協議して、同年度の除排雪実施計画を策定し、それに基づいて機材などを調達し、同年一一月一九日から、本件国道のうち、その担当区域の除排雪の実施に当つたが、同年の冬は早期多雪型の気象であつて、士別地方でも一月初めから同月二〇日頃にかけて本格的な降雪があり、積雪量は急激に増加したこと、しかし開発士所出帳所では同年一二月一日から同月一四日まで職員組合による超過勤務拒否斗争が行われ、その間、正規の勤務時間以外の時間の除排雪作業はなされなかつたこと、開発士別出張所が例年採つていた本件国道の除排雪の方法は、車道を重点としたものであつて、先ず車道の積雪上路面を整正したり、除雪車によつて車道上の積雪を車道と歩道との境の方に押しのけたりするものであり、かかる作業を繰り返すことによつて車道と歩道との間に自らできる雪堤が次第に大きくなつて(尤も右雪堤が大きくなるのは、右のような作業の繰り返しのみによるものではなく、後にも述べるとおり、歩道の除排雪を委ねられている地域住民が歩道上の積雪を右雪堤にかき上げることにもよるものである。)、車道における車輛の安全な通行に必要な車道幅を確保することが困難になると、適宜、雪堤の車道側の雪を削り取つて他所に運搬して排雪するというものであつたが、本件国道のうち本件事故現場を含む作業区域内の車道について言えば、同年一二月一〇日から本件事故発生の日の前日である同年同月二〇日までの間に、延一一台の除雪車等を出動させて、右の方法による路面整正と除雪による車道拡幅を実施したのみであつて、右の間に、雪堤の雪を削り取つて他所に運搬して排雪する作業は、一度も実施しておらず、かかる運搬排雪作業は、一二月としては降雪量が多くはなかつた前年度と同様に一二月二一日から実施することを予定していたこと、歩道の除排雪については、本件国道に面して建物が軒を連らねている地域では、例年、第一次的にはこれを地域住民に委ね、車道上の積雪(雪堤をなすものを含む)を運搬排雪する際に、地域住民に、適宜、歩道上の積雪(雪堤をなすものを含む)を車道側に排雪してもらつて、これを一緒に運搬排雪していたものであり、ただ歩道上の雪が踏み固められて車道への排雪が困難な場合には開発士別出張所の小型ブルドーザーでこれを車道へ排雪するようにしていたものであつて、本件国道のうち本件事故現場を含む作業区域内の歩道について言えば、同年一二月一〇日から本件事故発生の前日である同年同月二〇日までの間に、一部の横断歩道(本件建物前の横断歩道を含まず)のための雪堤の雪割(雪堤に堀割通路を作ること)や交差点等における除雪が人夫によつて数回行われたのみで、本件事故現場付近の歩道の除排雪は一度として行なわれなかつたこと、開発士別出張所は、本件国道の除排雪をなすにあたり、人通りの多いところに面する本件建物のような落雪要注意建物について特別の配慮をしたことはなく、従つて本件建物前の歩道の除排雪についても、他の場所と違つた特別の除排雪の処置をとつたことは全くないこと、そのため本件事故発生当時本件建物前歩道上に前記のような大きな雪堤が存在していたこと、以上の事実が認められる。

4  控訴人国は、本件国道の除排雪を行なう積雪期間の或る時期においては、歩車道の境界上に雪堤ができることは避けられず、積雪のある毎にこれを直ちに排除することは、技術的にも経済的にも不可能であり、本件事故発生のときに本件事故現場に存した前記雪堤はまさにかかるものである旨主張する。

成る程、本件国道の除排雪を実施すべき全期間に亘り、本件国道のうち歩道を有する部分のすべてに亘つて歩車道の境に雪堤をつくらないようにして除排雪することは、右主張のとおり技術的にも、経済的にも不可能に近いものと思われるし、またその必要もあるとは思われない。しかし問題は、市街地の人通りの多い本件国道の歩道に面する連坦家屋の中の落雪要注意建物の前の歩道に、雪堤を存置せしめおいてよいか否かである。〈証拠〉によれば、本件事故現場付近において本件国道に面する連坦家屋の中には、本件建物のような落雪要注意建物は、少く、况んやその一部が本件国道敷にはみ出しているようなこの種建物はないことが認められるが、市街地における本件国道の人通りの多い歩道に面している連坦家屋の様相として、一般的に右とほぼ同様のことを言い得るのではないかと思われる。それに、積雪期間中といえども、人通りの多い歩道に面している落雪要注意建物の屋根に、常時、多量の積雪が積もつたままに放置されるということはあり得ないことであるから、落雪要注意建物の前の歩道上にはいかなる時にも、いかなる雪堤もつくつてはならぬということにはならない。要は、具体的な状況に応じて適時適切な処置をとることにある。しかして叙上認定の事実関係よりすれば、開発士別出張所としては、本件事故発生前に本件建物前の前記雪堤を除去しようとすればできたし、これを全く除去しないまでも、もつと小さな低いものにしようとすれば、それはゆうにできたものと考えられる。

よつて控訴人国の前記主張は採用できない。

因みに控訴人国が落雪要注意建物である本件建物のために右のような特別の除排雪作業をしたとすれば、控訴人高島はこれに因つて著しく利益を受ける者として道路法第六一条第一項の規定により、所要費用の一部を同控訴人に負担させることも、理論上は考えられないことではない。

5  以上のとおりとすると、開発士別出張所の本件国道の除排雪のやり方は、要するに、車道重点主義と画一主義に偏していたものというべく、控訴人国は本件事故発生の当時、本件建物前の本件国道の歩道上に前記のような大きな雪堤ができるに任せて、これを除去もしなければ、これをもつと小さな低いものにすることもせずに放置したことにより、右歩道につき、2で判示の、それが歩道たる道路として通常有すべき安全性を確保するためになすべき処置を怠つていたものと断ぜざるを得ない。

6  なお、駄足ながら、前記4冒頭に掲げた控訴人国の主張について付言するに、若し控訴人国にとつて、本件事故発生の当時、本件事故現場に存した前記雪堤を除去することないしはこれをもつと小さな低いものにすることが、技術的に若しくは経済的に不可能であつたとするならば、次のようにいわなければならない。即ちこの場合といえども、本件国道の管理者たる控訴人国としては、積雪期において市街地における本件国道の人通りの多い歩道に面する連坦家屋のうち、本件建物のよな落雪要注意建物の前の歩道の通行人の安全を確保するために、万一の場合に備えて特別の配慮をしなければならないことに変わりはないのであるから、須らく道路法第四四条第一項に則つて、本件建物の存する区域を「沿道地域」として指定したうえ、同条第四項により、本件建物の管理者たる控訴人高島に対して落雪を防止するに足りるだけの雪止を設けること若しくはその他の適切な措置を講ずるべきことを命じ、もつて本件建物の屋根から万一にも本件国道歩道上に落雪して本件のような事故を惹起することがないようにしておかなければならなかつたものというべきである。前判示のとおり、建築基準法施行細則第一七条によつて士別市が多雪区域に指定されていて、北海道建築基準法施行条例一三条に前叙のように規定されているとしても、これによつて右の結論が左右されるいわれはない。

而して控訴人国が本件建物の存する区域を沿道地域として指定していない旨の被控訴人らの主張については、控訴人国の明らかには争わないところであるから、これを自白したものと看做されるところ、控訴人国が右沿道地域指定を前提とする処置をなんらとつていなかつたことは、弁論の全趣旨によつて明白である。そうだとすると、この場合も、結局において、控訴人国は、本件建物前歩道が道路として通常有すべき安全性を確保するためになすべき処置を怠つていたことに帰せざるを得ない。

7  以上のとおりであるから、爾余の判断をなすまでもなく、本件事故発生当時、控訴人国による本件建物前の本件国道歩道の管理については瑕疵があつたものといわざるを得ず、また亡和子の死亡は右管理の瑕疵に因つたものと認めざるを得ない。

(四)  控訴人国は、控訴人国には、本件事故発生につき具体的予見可能性がなかつたから免責されるべきであると主張するが、仮に控訴人国に、本件事故発生についての具体的な予見可能性がなかつたとしても、それによつて控訴人国が免責されるべき法的根拠はない。

よつて控訴人国の右主張は、失当である。

(五)  以上のとおりであるから、控訴人国は、本件事故によつて亡和子が死亡したことによつて生じた損害につき、国家賠償法第二条第一項の規定により賠償の責に任ずるべきである。

五そこで、最後に、被控訴人ら主張の損害及び控訴人高島主張の過失相殺について検討する。

右損害及び過失相殺に関する当裁判所の認定判断は、原判決書二三枚目裏一〇行目から同二六枚目表六行目までの記載と同一であることからこれを引用する。

六右引用にかかる原判決認定事実によれば、控訴人高島勇は、被控訴人大室庄三に対し損害金合計金三五〇万七〇〇〇円及びうち弁護士費用の損害金二五万円を除いた残余の金三二五万七〇〇〇円につき本件事故発生の日の後の日である昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、被控訴人大室孝志に対し損害金合計金三二五万七〇〇〇円及びうち弁護士費用の損害金二五万円を除いた残余の金三〇〇万七〇〇〇円につき右同昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで右同年五分の割合による遅延損害金を、被控訴人大室さゆりに対し損害金合計金三二五万七〇〇〇円及びうち弁護士費用の損害金二五万円を除いた残余の金三〇〇万七〇〇円につき右同昭和四九年四月三〇日から完済に至るまで右同年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、また控訴人国は、被控訴人らに対しそれぞれ右各同損害金及びうち右各同金員につき昭和四九年五月一日から完済に至るまで右同年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならない。してみれば、被控訴人らの控訴人らに対する本訴各請求は、控訴人らの右各支払義務の履行を求める限度においてこれを正当として認容して、その余を失当として棄却すべきである。

七右のとおりとすると、原判決は相当であり、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がないから、民訴法第三八四条一項に則つてこれを棄却することとし、なお、被控訴人らの当審における各請求の一部減縮により原判決主文一項は本判決主文二項のとおり変更になつたのでこれを主文において明らかにすることとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(富崎富哉 長西英三 山崎末記)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例